工房のはじまりから、いままで
最初の工房は、小田原の海沿いにあった古い倉庫を借りたものでした。雨漏りがして、降るたびに板を移動させていました。二人が独立を決めたのは、同じ現場で顔を合わせてしばらく経ったころです。片方が木を扱い、片方が石と金物を扱う。二人いれば台所は作れる、という単純な話でした。
最初の年に受けた仕事は数えるほどで、すべて知人の紹介でした。図面は紙に鉛筆で引き、見積書も手書き。作りは、正直に言えば粗かったと思います。それでも当時のお客様のお宅には今も伺っていて、扉の調整をして帰ってきます。使われ続けているものを直すのは、新しく作るのとは別の嬉しさがあります。
独立して間もないころ、納めた天板が反りました。仕入れたばかりの板を、すぐに加工してしまったからです。頭を下げて作り直し、材料費はこちらで持ちました。この一件から、板は寝かせてから使うと決めました。工房の二階に立てて置き、落ち着くのを待ちます。急ぎの依頼をお断りすることがあるのは、この時間を縮められないからです。
やがて今の建物へ移りました。二階を材木の乾燥場にできる、というだけの理由で選んだ場所です。しばらくして、実測を担当する人が加わりました。それまでは職人が加工の手を止めて現場に出ていたので、工程が乱れがちでした。測る人を分けたことで、納期の読みが落ち着きました。
以前は、ビルトイン家電の据付を外部にお願いしていました。ところが開口寸法の行き違いで、天板を切り直す事態が続きました。伝言の途中で数字が変わる。それが原因でした。石と金物の担当が設備の講習に通い、資格の要る工事は専門の工事店と組む形にして、開口と据付は自分たちの手でやることにしました。以来、切り直しは起きていません。
この時期から依頼が増えました。広告は出していませんし、写真を大量に載せてもいません。直しに伺った先で次のお宅を紹介される、その繰り返しでした。ありがたい話ですが、少人数で回せる量には限りがあります。断る仕事が増えたのは、この頃からです。
工房は今も同じ場所にあります。人を増やすかどうかは長く迷っていて、まだ結論は出ていません。見習いを受け入れる準備は進めています。掃除と刃研ぎから始めてもらい、時間をかけて一台を任せる。それが工房の目安です。
変えていないことがいくつかあります。実測は必ず二人で行くこと。見積書の内訳を全部見せること。納期が延びるときは、理由を先に言うこと。最初に反らせてしまった天板のことは、今も工房の壁に貼った紙に書いてあります。読み返すためではなく、忘れないために貼ってあります。朝は今も、集塵機の音から始まります。